保証、保障、補償
今回の災害で多くの人命と無数の財産が失われました。
それは、基本的に人災によるものではなかった。
したがって、本質的に避けられない要素、要因によるものであった。
多くの人々が今、重い不安と共に生きています。
安心が流失してしまいました。
安心は、安全が保証されていたことが裏付けでした。
平穏な生活、豊かな生活は安心を基礎としました。
安全が保証され、被害時が保障され、損害が補償されいた。
そんなシステムが我々の生活、安心に不可欠でした。
この手続が完備していたから、我が人間社会が持続されました。
人間の叡智でした。
人災による被害は、発生の抑制が保証できます。
発生する被害に対する保障が用意できます。
発生した被害を補償することは十分可能です。
天災による場合はどうでしょうか。
発生の抑制は保証できるでしょうか。
今回の場合、「想定外」という表現が飛び交っています。
発生した天災は予測できなかったということですね。
予測できなければ、発生の抑制などできるわけがないですね。
被害の保障システムは完璧だったでしょうか。
「想定外」の天災について、完璧な被害の保障はありえませんね。
限定的な保障が行えるのみでしょう。
いかなる天災にも、発生した損害への補償は必要で、可能です。
勿論、程度や範囲は限定され、それを受けいれる必要があますが。
人間の叡智は天災を予測し、被害を減らし、一部補償できる。
だが、天災を完全になくす事、完ぺきに予測する事はできない。
そのことを科学者、技術者はよくわかっていたはず。
もし、可能だと考えているのだとすれば、おごりです。